ポーランド(ワルシャワ・クラクフ)・チェコ(プラハ)9日間 7月21(土)~29日(日) 混声合唱組曲「悪魔の飽食」『ヨーロッパ公演』平和旅行記(1)
神戸市役所センター合唱団が委嘱制作した混声合唱組曲「悪魔の飽食」(原詩/森村誠一、編詩/池辺晋一郎・神戸市役所センター合唱団、作曲/ 池辺晋一郎)の『ヨーロッパ公演』平和の旅が07年7月21日(土)~29日(日)の9日間、クラクフ、プラハの公演先を中心に行われ、念願 だったポーランドのアウシュビッツを訪問しました。
二○世紀の二大戦争犯罪である「七三一部隊」と「アウシュビッツ強制収容所の大量虐殺」、この悲惨な歴史的事実を忘れないために、私たちは 平和のためのささやかな活動を日本国内はもとより、世界に向けて発信してきたこの平和の旅を不十分ながらお伝えしようと思います。 (事務局長 樋口玲子)
クラクフ市街地(ポーランド)で公演
前回は、7月23日、アウシュビッツ収用所と3キロ離れた第2アウシュビッツ収容所といわれるビルケナウ収容所の話までで終わった。
23日、アウシュビッツ収容所見学後の夕食は20時半頃からだったが、夕食もそこそこに、明日の公演の宣伝をしようとでかけた。この宣伝は、クラクフの旧市街地の広場で太鼓衆団輪田鼓の太鼓を中心に、参加者でチラシをまいた。なかには、この宣伝のために浴衣を持ってきていた人たちもいて日本情緒たっぷりに、明日の公演を知らせた。この旧市街地では、ここそこでいろいろな音楽が鳴り響いていたが、太鼓の用意をしているだけで人が集まり、打ち始めると7重8重に人垣ができ、チラシも奪うように取って行ってくれて、用意していたチラシはアッという間になくなってしまった。 実際に、このチラシを見て、公演に来てくださった方も多かったと聞いた。
このチラシまきからの帰り道に、日本で言う24時間営業のコンビニのようなところを見つけた。食料品中心だが、飲み物やパン・ヨーグルトなどちょっとしたものをいろいろ売っていて、この店にお世話になった人も多かった。

ヨーロッパ初演「悪魔の飽食」字幕を見つめ
翌24日は、いよいよ公演日。といってもリハは午後からで、午前中は、バベル城はじめ、クラクフ市内の見学をした。バベル城への入り口の衛兵は、身動きせず立っていた。触ると捕まるそうだが、雨の日も風の日も大変だと感じた。その衛兵と記念写真を撮る人は多かったが、彼の方は何を思いながら立っているのだろうと思ってしまったのは、私だけだろうか。 バベル城は、中世のたたずまいのまま、凛として 立っていた。この丘からは遠くクラクフの街並みが見渡せるが、五〇キロ離れたアウシュビッツでの出来事も見ていたのだろうか。
旧広場の塔の上から聞こえてくるトランベットの音色は、古都の空に響き渡っていた。この広場では、銅像と思っていたら、急に動き出し、「えっ人間だったの!」というようなパーフォーマンスがいろいろ見られた。見学は、各班ごとだったが、広場では、なぜか班のメンバーとはぐれた森村先生ご夫妻と遭遇した。 さて、前置きが長くなったが、いよいよ クラクフ公演の行われる会場、ノヴァフータ文化センターに到着。控え室がないかも・・と噂されていたが、きちんと男性・女性の控室が用意されていた。
日本全国から集まってきた140名の歌い手。いよいよ本番と思うと、心地よい緊張もある。ひととおり、リハーサルを済ませ(立位置を決めるのに一苦労・・でしたが)軽く夕食を食べ、いよいよ本番。お客様は来てくれるのだろうか。果たして、私達の思いは通じるのか?18時、舞台にあがり会場を見ると、400名ほどのお客様が既に入っていた。私達が歌う「正義の基準」のポーランド語の字幕を食い入るように見つめ、とても熱心に聴いて下さった。池辺先生や森村先生の話もじっと耳を傾けて下さっていた。輪田鼓の太鼓はやんやの喝采。心から楽しんで下さっているようだ。そして、メインステージである「悪魔の飽食」の演奏にも、身じろぎせず、聞き入って下さっている。太鼓が終わったら、帰るお客様も出るのでは・・という心配は杞憂に終わった。そして、悪魔の飽食の第7章を歌い終えると、割れんばかりの喝采。スタンディングオベーションとなった。アンコール曲で、ポーランド民謡の「シュワジベチカ」を歌い始めると、会場が一斉にどよめき、口ずさむ声も聞こえた。
この公演の後、打ち上げをレストランで 行い、この公演のために労をとってくださった方々にお礼を言い、公演の成功を喜びながら、帰途に着いた。







